ゲームって簡単に表すとジャンルって軸と面白さの軸があって

こう表されるんですけど(雑)
この面白さにおける上位互換の存在って厄介だなと思う。
面白さの軸は人それぞれですけど、例えばどうぶつの森がスローライフゲームで頂点にいる人なら、時間の都合上そのジャンルの下にあるゲームはなかなか手を出しにくいし、それをやる時間を割くならどうぶつの森をやったほうがいいって選択になることも多いと思います。他には原神なんかもオープンワールド大陸ゲーがいくつかある中で、他のゲームがなかなか面白くても頂点にいるゲームが面白くてなかなか手を出せないって構図があったりします。
そんな感じにできないって状態に苦しむときがあるんですが、他のジャンルのゲームには手を出せたりするんですよね。これは私の感覚なので全てに当てはまらないと思いますが、同じ感覚の人もいると思います。
ゲームってありすぎて全てを触れないのは当たり前の事実ですが、それでも(ハードとかの制約はある)ほとんどのゲームはやろうと思えばやれるものがほとんどだと思います。ただ、上位互換の存在によって手を出せない、または手を出しにくいゲームって、自分がやる気を出しても一生触れることができないゲームだって感覚があるんですよね。
できないだろうとほぼ絶対できないって差はなかなか大きくて、制約的に一生触ることができないって思うとすごい悔しさを感じるというか、人生の短さを感じるというか悲しい気持ちになります。まあ、そんなスケールがデカい話でもない気がしますが。
最近はゲームも増えて面白いゲームがたくさん出るようになりました。同ジャンルのゲームも選べるくらい出て、その中で十分面白いゲームがあるのに泣く泣く出来ない状態になるのは悔しいものがありますね。あと、ゲーム1つ1つのボリュームの増加もこの問題に影響していると思います。クラフトゲーやらオープンワールドゲームなど時間がかかるものは多いですし、ソシャゲ系のゲームもやろうと思えばその1本のみで満足できるボリュームがあるのおかしいよほんと。
ゲームを眺めてると、このゲームいつかやるぞっていうのと、このゲームは上位互換のゲームがあって手を出せないってものがあって、そうやって選択肢から確定で消えていくゲームを見てると悲しい気持ちになるって話でした。うーん伝わるのかなあこれ。

