ゲームって自由度高くなんでも作れるように見えますが、時代が進むにつれてこういうゲームは今後一生出てこないだろうってことがぽつぽつ出てきたように感じる。
例えば、特定のドットゲームとかそうで、ドットのポケモンゲーやドットのゼルダなど、可能性が0とは言い切れないけど今後出ないだろうって感じがする。
見た目だけならまあ許せる範囲ではあるんですが、今気になってるのが今は作られない失われたゲームバランスやゲーム性の方で、近年よりこの面で傾向が強くなっているように感じます。
例えばモンハンは時代が進むにつれ面倒な部分が簡略化されたり、不要な部分が削がれたりしていきました。ゲームが進化して別にいいことじゃんって思うかもしれないし、僕も最近までそう思っていたんですが、この苦労をしなくていいという令和のゲームシステムが絶対的に上位互換じゃないって最近思うようになってきました。
いやそれ老害ってやつじゃんって思うかもしれませんが、老害だけで表しきれないようになってるように感じるんですよね。まあ立場が老害な私がいくら言っても説得力ないのでどうしようもないんですが、この気持ちをわかってほしい。
最近こういうことがあったときに、そういう今後生み出されないような遺産のゲームを勝手にレガシーゲームと私が勝手に名付けて言っています。感覚的にもこれがしっくりくるしわかりやすいと思う。(ググったら別の意味のレガシーゲームって言うのがあるらしい) ゲームってAGCの中でも歴史が浅いですし、まだこのへんの理論整備されてなさそうだなって思う。
じゃあ、今後そういうゲームが出ないことに我々は悲しむだけなのかというと、少しこの問題に対する解決策もありまして、、、
それがSteamゲー(またそれかよ)。言い方が悪いですが、個人制作でなんでも作れちゃう無法地帯なので中には昔のゲームを想起させるゲームもいくつかありますし、現在進行系でそういうゲームが増えています。
過度なパクリはよくないですが、ゲーム会社が大きくなった縛りで一生作られることがなくなったゲームがまた遊べるかもしれないと思うとすごい可能性を感じます。インディーゲーが評価されてるのもそういうところがありますよね。
とにかく、最近新しいゲームが登場すると、そのゲーム性についてTwitterで議論されたりしますが、そういうのを見るたびに、ああ昔の形式のゲームはもう出せないんだなって思わされます。
